四十二文字の題目
平成の霊験譚
観世音
南無仏
観世音 南無仏・・・事の寿量品・六字の寿量品
与仏有因
与仏有縁
仏法僧縁
常楽我浄
朝念観世音 暮念観世音
念念従心起 念念不離心
十句観音経はわずか十句・四十二文字の短いお経である。
以下に、その全文を掲げる。
観世音 南無仏 (かんぜーおん なむぶつ)
与仏有因 与仏有縁 (よーぶつうーいん よーぶつうーえん)
仏法僧縁 常楽我浄 (ぶっぽーそーえん じょうらくがじょう)
朝念観世音 暮念観世音 (ちょーねんかんぜおん ぼーねんかんぜおん)
念念従心起 念念不離心 (ねんねんじゅうしんき ねんねんふーりしん)
十句観音経は小法華といわれる。十句・四十二文字の中に法華経の精髄が要約されている。「妙法十句」とは十句観音経即ち法華経であるということである。日蓮聖人は七字の題目に法華経の全功徳がつづまっていると言われた。日蓮流に表現すれば、妙法十句は「四十二文字の題目」である。
十句観音経の生みの親は白隠禅師である。禅師は「延命十句観音経霊験記」中で信者の口を借りて十句観音経の功徳についておおよそこう述べてられている。
“末代濁世の今の世、この経のこの不思議、この神通は何であろうか。 六趣輪廻の業苦にあえぐ我々を救うにこの経に越えたるものはない。これもすべて老師の慈悲の賜物である。かの法然聖人は念仏を、また、日蓮聖人は題目を唱えよと勧められた。今、我が老師は十句経を授けられた。両者、優劣のつけようがない。今日より、心を合わせ、宗派を越えてこの経を読誦して来世を助かろうではないか。まことに嬉しく、ありがたいことだ。”・・・
この霊験記は十句観音経読誦による現世利益の数々の事例を集めたものである。ほとんどが病平癒の話である。現世利益が縁でも良い。そこを機縁として、生死流転・六趣輪廻の苦海から人々を救いたい。この霊験記にはそういった白隠禅師の慈悲の心が詰まっている。
念仏や題目と同じように読誦せよと白隠禅師は教えられている。四十二文字の題目たる所以である。「観世音 南無仏・・・・念念従心起 念念不離心」ただただ唱えるだけでよい。いずれ、そらで唱えられるようになるはずである。それほど経は短い。されど、その功徳は大きい。法華経の全功徳を頂くのであるから。妙法十句なる所以である。
※ 赤字の部分をクリックすると読経が試聴出来ます。
十句経読誦にご利益などあるはずがないという人のために一つの霊験譚を紹介しよう。妹を癌で亡くした兄の話である。その手記を紹介しよう。
平成二年九月、妹が入院。末期の舌癌であった。同十二月、手術。十二時間にも及ぶ大手術であった。この時、手術の成功と妹の無事を祈って,念じ続けたのがこの十句経であった。まさに、仏(観世音)が我が妹の姿を顕して、私をして「十句観音経」に導き入れてくださったのである。妹は翌年三月あっという間に逝ってしまった。
妹が亡くなって、もう少しで一年という頃だった。母の様子がおかしくなった。全く食事が摂れなくなってしまったのである。鬱病であった。平成四年五月、入院。長い闘病生活が始まった。病状は一向に良くならず、しかも、一年ほどたった時、院内での転倒が原因で寝たきりとなってしまった。いよいよ食進まず。平成六年の初め頃には、点滴だけとなってしまった。
危機であった。どうにかしたい。良い手立てを思いついた。入院前から、私の勧めで母には十句経読誦の習慣があった。そこで、十句経の読誦テープを作成し聞かせることにした。
テープを聴くこと半年あまりでかなりの病状の改善をみたのである。この間、点滴は不要となっていた。そして、平成六年の十月には病気平癒の為の十句経の読誦会を有志の方々にお集まりいただき開くまでになった。母は出席出来なかったが、その録音テープを聞かせた。母は何回も何回もこのテープを聴いた、これをきっかけに、同年末頃には車椅子に乗れるぐらいまで回復したのである。まさに、十句経のご利益であった。
母を救いたい一心でテープを聴かせ続けた。しかし、平成八年四月、母はついに帰らぬ人となってしまった。栄養不足による全身衰弱が原因であった。母を救いたい一心で十句経に参じてきた。母を救いたい一心で十句経を唱え続けてきた。だから、私の信心は母から頂いたものである。母の信心なくば、私の信心もない。
彼は妹と母親に導かれて十句経を頂いたのだ。法華経・普門品にこうある。まさに長者・居士・宰官・婆羅門の婦女の身を以って度(すく)うことを得べき者には、すなわち婦女の身を現して,為に法を説くなり。経文の説くとうりである。あるいは妹の姿、あるいは、母親の姿を現して、観世音その方が彼のために教えを説かれたのである。妙法十句の信心とはこういうことである。
次節からは、十句の各一句ごとにその説くところを味わってみたい。
(種々の形を以て諸々の国土に遊び、衆生を度脱うなり)
確かに、彼の妹あるいは母の姿を現して仏ご自身が法を説かれたのである。だから、普門品ではこう説かれる。
「無尽意よ、この観世音菩薩は、かくの如きの功徳を成就して、種々の形を以て、諸々の国土に遊び、衆生を度脱(すく)うなり。この故に、汝等よ、まさに、一心に観世音菩薩を供養すべし。この観世音菩薩・摩訶薩は怖畏(おそれ)の急難の中において、能く無畏を施す。この故に、この娑婆世界に皆これを号(なず)けて施無畏者となすなり」と。
種々の形とは、経文によれば、仏・びゃく支仏・声聞・梵王・帝釈・自在天・大自在天・天大将軍・毘沙門・小王・長者・居士・宰官・婆羅門・比丘・比丘尼・優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)・婦女・童子・天、竜、夜叉等八部衆そして執金剛神ら三十三身の姿(形)であるという。三十三身はいわば象徴であって、要するに、世間のあらゆる人々及び諸仏諸神の身を現して観世音菩薩は人々を救うというのである。それは恐怖の急難にあっては、人々の苦しみ抜き、安楽を与えるというのである。だから、「施無畏者」と呼ぶのだ。”かくの如き功徳”とはかかる観世音菩薩の慈悲と導き(説法)の働きを言うのである。妹そして母の姿にかの兄は仏の慈悲と導きを確かに見たのだ。
(一分は釈迦牟尼仏に奉り、一分は多宝仏の塔に奉れり)
「観世音」とは仏の慈悲と導きの働きである。何故、そう言えるのか。経文は続いてこう伝えている。
無尽意菩薩は、仏にもうして言わく「世尊よ、われ今、まさに観世音菩薩を供養すべし」と。即ち頚(くび)のもろもろの宝珠の瓔珞(ようらく)の価、百千両の金(こがね)に値するを解きて、以てこれを与えて、この言(ことば)をなす。「きみよ、この法施の珍しき宝の瓔珞を受けたまえ」と。
時に観世音菩薩はあえてこれを受けず。無尽意はまた、観世音菩薩にもうして言わく「きみよ、我らを哀れむが故に、この瓔珞を受けたまえ」と。
その時、仏は観世音菩薩に告げたもう「まさにこの無尽意菩薩及び四衆と天・竜・夜叉・乾闥婆(けんだつぱ)・阿修羅・迦楼羅(かるら)・緊那羅(きんなら)・摩ご羅伽(まごらが)・人・非人と等を哀れむが故に、この瓔珞を受くべし」と。
その時、観世音菩薩は、諸の四衆とおよび天・竜・人・非人と等を哀れみてその瓔珞を受け、分かちて二分となし、一分は釈迦牟尼仏に奉り、一分は多宝仏の塔に奉れり。
無尽意菩薩の供養の申し出に対し、観世音菩薩はその値百千両もするであろう首飾りを二分し、一方を釈迦牟尼仏に、一方を多宝仏塔に捧げたと言うのだ。これはどういうことかと言えば、観世音菩薩の功徳の全てが釈迦牟尼仏と多宝仏に属するということである。つまり、観世音とは今ここにあって我々衆生を救い導く「仏の慈悲と導き」の働きそのものという事である。
(常にここに住して法を説くなり)
「仏の慈悲と導き」とはどういうものか。
法華経・寿量品にはこうある。
諸の善男子よ。今、まさにあきらかに汝等に宣べ語るべし。この諸の世界の、若しくは微塵をおけるものと及びおかざりしものとを、尽くもって塵となし、一塵を一劫とせん。われ成仏してよりこのかた、またこれに過ぎたること、百千万億那由他阿僧祇劫なり。これよりこのかた、われは常にこの娑婆世界にありて、法を説きて教化し、また、余処の百千億那由他阿僧祇劫の国においても、衆生を導き利せり。・・
諸の善男子よ、如来は諸の衆生の、小法をねがえる徳薄く垢重き者をみては、この人の為に、われは若くして出家して阿耨多羅三貌三菩提を得たりと説くなり。然るに、われは実に成仏してよりこのかた、久遠なることかくの如し。ただ、方便をもって衆生をして、仏道に入らしめんが為にのみ、かくの如き説をなすなり。諸の善男子よ、如来の演(の)ぶる所の経典は、皆衆生を度脱(すくわ)んがためなり。
あるいは、己のが身を説き、あるいは他の身を説き、あるいは己のが事を示し、あるいは他の事を示せども、諸の言説する所は、皆実にして虚しからざるなり。・・・・諸の衆生には、種々の性、種々の欲、種々の行、種々の憶念(おもい)・分別あるをもっての故に、諸の善根を生ぜしめんと欲して、そこばくの因縁・譬喩・言辞をもって、種々に法を説きて、作(な)すべき所の仏事を未だかって暫らくも廃せざるなり。かくの如く、われは、成仏してよりこのかた、甚大(はなはだ)久遠なり。寿命は無量阿僧祇劫にして、常に住して滅せざるなり。
諸の善男子よ、われ本、菩薩の道を行じて成ぜし所の寿命は、いまも猶、未だ尽ずして、また上の数に倍せるなり。然るに、今、実の滅度に非ざれども、しかもすなわち唱えて「当に滅度を取るべし」という。如来はこの方便をもって衆生を教化するなり。
我が成仏、それは百千万阿僧祇劫という久遠の昔のことである。それ以来、ここ娑婆世界にあって、衆生を教え導いている。この間、種々の教え(経典)を説いたが、それは皆衆生を救わんが為である。それらは私自身の事として説くこともあれば、また、他の姿(身)に譬えて説く事もあるけれども、全て皆真実である。衆生の能力はまちまちであり、欲する所も考え方も異なる。だから、善根を生じさせようとして種々の因縁・比喩・理屈で説明して法を説くのであり、仏として為すべきことは全て行なっているのだ。このように、我が成仏以来はなはだ久遠であり、寿命も無量永劫であって、常にここにあって、滅しない。しかも、菩薩としての寿命も尽きておらず、仏としての寿命に倍するほどである。しかも今、真実の滅度ではないのに、「今まさに滅度する」という。如来はこの方便をもって衆生を教化するのである。
仏は現にここに在って、滅しない。しかも、菩薩としての寿命も今だ尽きていないという。菩薩としても現にここに在って、滅しないのだ。だから、「観世音」とは菩薩として、現にここに在って、“我々衆生を救い導く久遠の本仏の慈悲の働き”なのである。寿量品の偈文ではここの部分を簡潔にこう表現している。
われ、仏を得てよりこのかた経たる所の諸の劫数は無量百千万億載阿僧祇劫なり。常に法を説きて無数億の衆生を教化して仏道に入らしむ それよりこのかた無量劫なり。衆生を度(すく)わんがための故に方便して涅槃を現すもしかも実には滅度せずして常にここに住して法を説くなり。
どのようにしたら、我々衆生はかかる仏の救いと慈悲にあずかる事が出来るのか。次節では、ここの所を明らかにしよう。
(一心に仏を見たてまつらんと欲して自ら身命を惜しまざらん)
前節でも明らかにしたように、観世音とは現にここに在って我々衆生を救い導く久遠の本仏の働きである。それは恐怖の急難にあっては、無畏を施すものであった。普門品にはこう説かれている。
善男子よ、若し無量百千万の衆生ありて、諸の苦悩を受けんに、この観世音菩薩を聞きて一心にみ名を称えば、観世音菩薩は、ただちにその音声(おんじょう)を観じて皆、解脱(まぬが)るることを得せしめん。
諸の苦悩として、経文は七難をあげている。火難・水難・風難・王難・鬼難・枷鎖(けさ)難・怨賊難の七つである。これらは、火事や水害、漂流(嵐)、断頭台、霊障(祟り)、手枷足枷(てかせあしかせ)そして強奪強盗等の現実に生ずる苦難であるとともに、何よりも”心の有り様の象徴”として読まねばならない。すなわち、怒り・貪り・迷い・驕り・悪意・執われ・恐怖である。観世音の名を聞き、一心にその名を称えれば、かかる諸難から解脱できるというのだ。
寿量品の偈文にはこうある。
われは常にここに住すれども諸の神通力をもって顛倒の衆生をして近しと雖もしかも見えざらしむ。衆(もろびと)はわが滅度を見て広く舎利を供養しことごとく皆、恋慕(れんぼ)をいだいて渇仰心を生ず。衆生、既に信伏し質直(すなお)にして意柔軟(こころなよらか)となり一心に仏を見たてまつらんと欲して自ら身命を惜しまざれば時にわれ及び衆僧はともに霊鷲山に出ずるなり。
われ諸の衆生を見るに苦海に没在せり故にために身を現さずしてそをして渇仰を生ぜしめその心、恋慕するによりてすなわち出でてために法を説くなり。神通力かくの如し阿僧祇劫において常に霊鷲山及び余の住処に在るなり。
仏の滅度は仏の慈悲の方便だったのである。仏はもうこの世に在られない。仏に会いたい。「観世音」の一心称名とはこういうことでなくてはならない。切羽詰まった一心称名でなくてはならない。経文はそう教えている。
(即ち取りて服するに、毒の病は皆癒えたり)
衆生は毒を飲んで本心を失った我が子である。良医の善方便に喩えて、仏は“仏による衆生への慈悲と導き”をこう説かれる。
譬えば、良医の智恵、さとくして、明らかに方薬を練(しら)べ、善く衆の病を治するが如し。その人、諸の子息多くして、若しくは十、二十、乃至百数なり。事の縁(えにし)あるをもって、遠く余国に至れり。諸の子は、後において、他の毒薬を飲み、薬、発(あらわ)れて悶え乱(なや)み、地に宛転(まろ)べり。
この時、その父は還(めぐ)り来りて家に帰れり。諸の子は毒を飲みて、或いは本心を失い、或いは失わざる者あり。遥かにその父を見て、皆大いに歓喜し、拝跪(ひざまず)きて問いて訊ぬ「善く安穏に帰りたまえり。われ等は愚痴にして、誤りて毒薬を服せり。願わくは救い療(いやさ)れて、更に寿命を賜え」と。父は子等の苦悩することかくの如くなるを見て、諸の経方(きょうぼう)によりて、好き薬草の、色・香・美味を皆悉く具足せるを求めて、つき篩(ふるい)い和合して子に与え、服せしめて、この言をなせり「この良薬は、色・香・美き味を皆悉く具足せり。汝等よ、服すべし。速やかに苦悩を除きて、また諸の患(うれい)なからん」と。
その諸の子の中の心を失わざる者は、この良薬の色・香のともに好(よ)きを見て、ただちに、これを服するに、病は尽く除こり癒えたり。余の心を失える者は、その父の来たれるを見て、また歓喜し問い訊ねて病治(いや)さんことをもとむると雖も、然かもその薬を与うるに敢えて服せざるなり。所以はいかん。毒気、深く入りて本心を失えるが故に、この好き色・香ある薬において、美(うま)からずとおもえばなり。父はこの念をなせり。
「この子は憐れむべし。毒のためにあてられて心は皆、顛倒せり。われを見て喜び救療(すくい)をもとむと雖も、かくの如き好き薬をあえて服せず。われは今、まさに方便を設けて、この薬を服せしむべし」と。即ちこの言をなす「汝等よ、まさに知るべし。われは今、衰え老いて死の時すでに至れり。この好き良薬を今、留めてここにおく。汝よ、取りて服すべし。いえざらんことを憂うること勿れ」と。この教えをなしおわりて、また他国に至り、使いを遣わして還りて告げしむ「汝の父はすでに死せり」と。
この時、諸の子は、父みすてて死せりと聞き、心、大いに憂い悩みて、この念をなせり「もし父、在(ましま)さば、われ等をあわれみて能く救護(くご)せられん。今、われを捨てて遠く他国へ喪(みまか)りたまえり」と。自ら推(おもい)みるに孤露にしてまたたのむものなし。常に悲観(かなしみ)を懐き、心は遂に醒悟(めざめ)たり。すなわち、この薬の色・香・味の美きことを知りて、即ち取りて服するに、毒の病は皆癒えたり。その父は、子の悉くすでにいゆるを得たりと聞きて、やがてすなわち来たり帰りてことごとくこれに見(まみえ)しむ。
留守中に毒薬を飲んで本心を失った子どもたち。帰宅した医者の父は良薬を調合して与えようとした。病状の軽い者たちはそれらを服して本復したが、症状の重い者たちはそれらを飲もうともしない。父は一計を案じて再び遠国に旅し、父の死を子供たちに使いする。子供たちが悲しみ懊悩するのは当然である。父の死も悲しい。それ以上に、父を失った悲しみが大きい。悲嘆に明け暮れ懊悩する日々。ようやっと、子らは薬を服する気になる。そして、服薬するに病は一気に本復した。
話はまこと単純である。父の死の知らせは人間としての仏の滅度である。父の帰宅は久遠の本仏の顕現である。経はこの父の行為を不善かと問うているのである。勿論、父の行為は不善ではない。何故なら、これによって子どもらの病が癒えたのだからである。良薬とは何か。ここが重要である。良薬とは妙法十句の信心である。妙法十句の信心に目覚めた時、既にその人の病は癒えている。親鸞聖人の信心と弥陀の誓願が一体となった瞬間である。この意味で親鸞聖人の信心は法華経の信心でもある。
普門品は事の寿量品である。”常在説法の本仏”が目の前の人々の姿で出現される。「観世音」の一心称名とは”一心欲見仏”である。一心欲見仏は「南無仏」である。だから、寿量品を一言で表現すれば「観世音南無仏」となる。「観世音南無仏」は六字の寿量品であり、十句観音経の眼目である。
(一切衆生悉有仏性)
「与仏有因」とは“仏との因あり”ということである。仏教の慣用句で言えば“一切衆生悉有仏性”ということである。しかし、ここには思わぬ落とし穴がある。道元禅師は「一切衆生悉有仏性」を評してこう教えられている。
世尊道の「一切衆生、悉有仏性」は、その宗旨いかん。是什麻物恁麻来(ししもぶついんもらい・是れなに物か恁麻に来る)の道転法輪なり。あるいは衆生といひ、有情といひ、群生といひ、群類といふ。悉有(しつう)の言は衆生なり、群有也。すなはち悉有は仏性なり。悉有の一悉を衆生といふ。正当恁麻時(しょうとういんもじ)は、衆生の内外(ないげ)すなはち仏性の悉有なり。単伝する皮肉骨髄のみにあらず、汝得吾皮肉骨髄(にょとくごひにくこつずい)なるがゆえに。しるべし、いま仏性に悉有せらるる有は、有無の有にあらず。悉有は仏語なり。仏舌なり。仏祖眼晴なり、衲僧鼻孔(なっそうびくう)なり。悉有の言、さらに始有にあらず、本有(ほんぬ)にあらず、妙有等にあらず。いはんや縁有・妄有ならんや。心・境・性・相等にかかはれず。
しかあればすなはち、衆生悉有の依正(えしょう)、しかしながら業増上力(ごうぞうじょうりき)にあらず、妄縁起にあらず、法爾にあらず、神通修証にあらず。もし衆生の悉有それ業増上および縁起法爾等ならんには、諸聖の証道および諸仏の菩提、仏祖の眼晴も業増上力および縁起法爾なるべし。しかあらざるなり。尽界はすべて客塵なし、直下さらに第二人あらず、直載根源人未識、茫々業識幾時休(じきせつこんげんにんみしき、ぼうぼうごっしききじきゅう・直に根源を載るも人未だ識らず、茫々たる業識幾時か休せん)なるがゆえに。
(正法眼蔵・仏性)
世尊のいわれる「一切衆生悉有仏性」の本当の意味は何であろうか。それは何が(什麻物)どう(恁麻)現われて来るのかということを修学していくことである。あるいは衆生といい、有情といい、群生といい、群類という。悉有ということが衆生ということであり、群有ということである。つまり、悉有が仏性なのである。その悉有の中の一つの悉を衆生というのである。そのような時はまさに衆生の内も外も仏性の悉有なのである。それはどういうことかと言えば、その仏性の悉有(皮肉骨髄)は師から弟子に伝えられるだけでなく、我々の一人一人もまた同じように伝えられるべき存在だからである。
このように理解すべきである。今ここに言う仏性に悉有されているというその「有」は有無の有ではない。それは仏の言葉であり、祖師方の眼目であり、修業者の真面目である。さらに始覚の有でもなければ、本覚の有、妙覚(仏の悟り)の有でもない。まして、縁覚(偶然の悟り)の有・妄覚(迷いによる悟り)の有であるはずがない。心とその対象(境)及び 働き(性)とその形(相)等に関係するものでもない。そうであれば、衆生一人一人は過去世の業(行為)によってこの世で受ける身体(正報)と境遇(依報)は異なるけれども、衆生悉有というその依正(身体と境遇)は過去世の業の力よりあるのでもなく、迷いによりある(妄縁起)のでもなく、自然にある(法爾)のでもなく、神通力を修めて証するものでもない。もし衆生悉有ということが、過去世の業の力及び偶然・自然にあるということであれば、聖人たちの証道及び諸仏の悟り、祖師方の悟りの眼目もまた過去世の業の力及び偶然・自然にあったということになってしまう。そうではない。この世界には本来煩悩の塵などというものはない。そこには比較の対象(第二人)など何もないのだ。直ちに煩悩の根を断ち切る人にとっては、煩悩の活動の休むことがないという凡夫の迷いなどないからである。
道元禅師の言い回しは妙に回りくどいけれども、要するに、仏性は「無記」だということである。論議の対象にしてはならないということである。だから、本覚の有でもなければ、始覚の有でもないのだ。もともと覚っているのでもなければ、初めて覚るのでもない。仏性の前の平等と言うことも出来る。たから、過去世の業とも自然・偶然、超能力(神通力)とも関係ないのである。道元禅師の時代、本覚派という一派があつた。彼らは“人間はもともと覚っている。この身そのままで仏のだから修行などする必要がない”と主張していた。引用の一文はこの一派出身の修行者に対し説かれたものと思われる。それでは、仏性とはいったい何なのであろうか。もう少し、道元禅師に聞いてみよう。
おほよそ仏性の道理、あきらむる先達すくなし。諸阿級魔教(しょあぎゅうまきょう)および経論師のしるべきにあらず。仏祖の児孫のみ単伝するなり。仏性の道理は、仏性は成仏よりさきに具足せるにあらず、成仏よりのちに具足するなり。仏性かならず成仏と同参するなり。この道理、よくよく参究功夫すべし。
およそ、仏性の道理を明らかにした先達は少ない。阿含経(あごんきょう)等の小乗教徒や学者達の知る所ではない。仏祖の弟子から弟子へ伝わるものである。仏性の道理とはこういう事である。即ち、仏性は成仏の前に存在しているのではなく、成仏の後に存在するのである。仏性と成仏は同時に発現するのである。この道理をよくよく研究・工夫すべきである。
道元禅師の言われる「悉有仏性」とは”成仏と同時に発現する仏性を悉く衆生が持っている”ということである。いわば、それは幻の領地である。自ら戦い取るものである。仏の行為によって仏であるのである。仏法を行なう所に仏性は同参してくるのである。
(一大事の因縁)
本論に入る。与仏有因。仏との(与)因有りというのである。衆生の中に仏性があるのではない。仏のなかにのみ仏性はあるのだ。だから、道元禅師は仏性は成仏と同参すると言われたのである。ここに言う”仏との因”とはその同参を行じ得る衆生の能力・可能性(因)を言ったのである。方便品にはこうある。
仏は舎利弗に告げたもう「かくの如き妙法は、諸の仏・如来の、時にすなわちこれを説きたもうこと、優曇鉢(うどんばつ)の華の、時に一たび現われるが如きのみ。舎利弗よ、汝等は、当に仏の説く所を信ずべし、言は虚妄ならざればなり。舎利弗よ、諸の仏の宜しきにしたがう説法の意趣は、解(さと)ること難し。所以はいかん。われは無数の方便と種々の因縁と比喩と言辞とをもって、諸法を演説するに、この法は思量・分別の能く解する所にあらずして、唯、諸の仏のみありて、すなわち能くこれを知りたまえばなり。所以はいかん。諸の仏・世尊は、唯、一大事の因縁をもっての故ににのみ、世に出現したまえばなり。舎利弗よ、いかなるをか諸の仏・世尊は唯、一大事の因縁をもっての故ににのみ世に出現したもうと名づくるや。
諸の仏・世尊は、衆生をして仏の知見を開かしめ、清浄なることを得させしめんと欲するが故に、世に出現したもう。衆生に仏の知見を示さんと欲するが故に、世に出現したもう。衆生をして、仏の知見を悟らしめんと欲するが故に、世に出現したもう。衆生をして、仏の知見の道に入らしめんと欲するが故に、世に出現したもう。舎利弗よ、これを諸仏は、唯、一大事の因縁をもっての故にのみ、世に出現したもうとなすなり。」
仏は舎利弗に告げたもう「諸の仏・如来は、但、菩薩のみを教化したもう。すべての所作は、常に一事のためなり。唯、仏の知見をもって、衆生に示し悟らしめんためなり。」
(法華経・方便品)
衆生には仏の知見を開き、仏の知見を見分け、仏の知見を悟り、そして、仏の知見の道に踏み入ることが出来る能力が備わっている。仏の唯一の仕事はそのような衆生の能力を引き出してやることにのみあるというのだ。釈尊以来、仏弟子はこのように宣誓して仏の弟子となった。
すばらしいことです、ゴータマさま。すばらしいことです、ゴータマさま。たとえば、倒れた者を起こすように、覆われたものを開くように、方角に迷った者に道を示すように、あるいは「眼ある人々は色やかたちをみるであろう」といって暗闇の中で灯火をかかげるように、ゴータマさまは種々のしかたで真理を明らかにされました。故にわたくしはここにゴータマさまに帰依します。また真理と修業者のつどいに帰依します。わたくしはゴータマさまのもとで出家し、完全な戒律(具足戒)を受けましょう。
(スッタニハータ)
引用の宣誓はスッタニパータ・第一蛇の章 ・四、バラモン・バーラドヴァジャの出家の宣誓より引用したが、同経の他の箇所でもほとんど同様の表現で言い伝えられている。仏教はあくまでも自己責任である。倒れたら、起こしてくれるかもしれない。覆われたものを取り払ってくれるかもしれない。道に迷った時、正しい方向を教え示してくれるかもしれない。また、暗闇の中で灯火をかかげてあたりを能く見よと言ってくれるかもしれない。しかし、その後どうするかはその人自身にかかっている。
今、一大事の因縁として説かれる仏知見の開・示・悟・入もまた同様である。仏は仏知見を明(開)らめ、そして、示すけれども、それを悟り、その道に入るのはあくまでも衆生自身である。自力・他力というけれども、それらは仏を自己の内(自力)に置くか、外(他力)に置くかの違いである。だから、親鸞聖人はこう唯円坊に語られたのである。
弥陀の誓願不思議にたすけられまひらせて、往生をばとぐるなりと信じて、念仏まふさんとおもひたつこころのおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。
(歎異抄・第一段)
往生を信ずるのも、また、念仏しようと思い立つのも衆生自身である。何故に往生が信ぜられ、念仏しようと決しられたのかといえば、弥陀の誓願不思議(仏知見)が理解されたからである。
弥陀の誓願はいつでも開かれ示されている。念仏の灯りに照らされて、それがようやっと明らかに目の前に見えてきたのである。だから、往生を信じて、念仏せんと決することが出来たのである。その時、その人はすでに仏知見(弥陀の誓願不思議)の道に入っているのである。そこの所を無礙の一道(歎異抄・第七段)というのである。
(唯仏与仏)
それでは、その仏より開示されるという「仏知見」とはどういうものなのであろうか。方便品の冒頭で仏はこう宣言されている。止みなん。舎利弗よ、また説くべからず。所以はいかん。仏の成就せる所は、第一の希有なる難解の法にして、唯、仏と仏とのみ、すなわち能く諸法の実相を究め尽くせばなり。謂う所は、諸法の是くの如きの相と、是くの如きの性と、是くの如きの体と、是くの如きの力と、是くの如きの作(さ)と、是くの如きの因と、是く如きの縁と、是くの如きの果と、是くの如きの報と、是くの如きの本末究竟等なり。
仏知見(仏の成就した法)は説いてはならないというのだ。いわゆる無記である。それは論議の対象外である。ただ仏と仏との間でのみ(唯仏与仏)通じ会うものだというのである。なぜならば、仏のみがこの世界の真実の姿(諸法の実相)を理解し得るからである。それら(諸法)はどのような姿形(相)をしているのか。どのような特性(性)を持っているのか。その本質(体)はどのようなものなのか。それらにはどのような能力(力)と働き(作)があるのか。どのような原因(因)と条件(縁)によってそうなったのか。そして、どのような結果(果)と報い(報)を生んだのか。このような見方をあらゆる存在(諸法)に仏は平等に見る(本末究竟等)ことが出来るというのである。これら十項目の如是(かくのごとき)は十如是と呼ばれているものである。忘れてならないのは、かかる仏のものの見方(仏知見)はすべからく因果の道理に裏付けされているという事である。否、因果の道理当然の理として存在しているのである。
凡夫は仏や仏知見等を論じてはならない。その事は仏にのみ許されている事なのだ。道元禅師は「唯仏与仏」を評してこう述べられている。
仏法は、人の知るべきにあらず。このゆえにむかしより、凡夫として仏法を悟るなし、二乗として仏法をきはむるなし。ひとり仏にさとらるるゆえに、「唯仏与仏、乃能究尽」といふ。それをきはめ悟るとき、われながらも、かねてより悟るとはかくこそあらめとおもはるることはなきなり。たとひおぼゆれども、そのおぼゆるにたがはぬ悟りにてなきなり。悟りおぼえしがごとくにてもなし。かくあれば、かねておもふ、そのよう(用)にたつべきにあらず。さとりぬるをりは、いかにありけるゆえに悟りたりとおぼえぬなり。これにてかへりしるべし、悟りよりさきに、とかくおもひけるは、悟りのよう(用)にあらぬと。
(正法眼蔵・唯仏与仏)
仏法は人が知ることが出来る対象ではない。だから、昔より凡夫として仏法を悟った者はいないのである。声聞・縁覚の二乗として仏法を究め尽くした者もいない。ただ仏にのみ悟られるが故に「唯仏与仏乃能究尽」と言われるのである。悟った時は悟りとはこういうものであろうとは意識はしていないものである。たとい意識していたとしても、それは想像していたものとは全く違うものである。悟る前に悟りをあれこれ思い描いても何の用にもたたない。悟った時は悟ったという意識はないのである。だから、悟る前に悟りをあれこれ思い描くことは何の役にもたたないと知るべきである。
(一仏乗)
仏がこの世に出現される唯一の目的は衆生に仏知見を開示し、その道に悟入せしむることであった。しかし、衆生の能力は一様ではない。だから、こう説かれる。
舎利弗よ、如来はただ、一仏乗をもっての故にのみ、衆生のために法を説きたもう。余乗の若しくは二、若しくは三あることなし。舎利弗よ、一切十方の諸仏の法もまた、かくの如し。舎利弗よ、過去の諸仏も、無量無数の方便と種々の因縁と比喩と言辞とをもって、衆生のために、諸法を演説したもう。この法も皆、一仏乗のための故なり。この諸の衆生は、諸の仏より法を聞いて、究竟して皆、一切種智を得たり。
舎利弗よ、われもも今、亦、また、かくの如し。諸の衆生に、種々の欲と深く心に着する所あることを知りて、その本性にしたがって種々の因縁と比喩と言辞とをもっての故に、しかも、ために法を説くなり。舎利弗よ、かくの如きは、皆、一仏乗の一切種智を得せしめんがための故なり。
(法華経・方便品)
どのように説かれようとも、仏法は唯一の仏への乗り物(一仏乗)である。一仏乗をはっきり捉んだ時、悉有仏性が同参してくるのである。癒されればそれで良い。ご利益が得られればそれで終しまい。これでは、仏法ではない。癒しも現世利益も衆生の本性にしたがった仏の方便でなくてはならない。世の中そうならないのは、正師がいないからであろう。道元禅師の嘆きが聞こえてくる。
もともと仏であるのではない。そのままで仏であるのではない。行為(業)により仏なのである。仏性は悉有ではない。成仏と同参する仏性が悉有なのである。そこを一仏乗というのである。
(自ら当に仏となるべしと知れ)
仏教はあくまでも自己責任である。仏は一仏乗を開示してくれるけれども、そこに乗り込むか否かはわれわれ自身の問題である。善を求めるのも、また、悪を為すのも我々自身である。だから、一仏乗の教えの最後に仏はこうお示しになられるのである。
汝等よ、疑いあることなかれ。われは、これ、諸法の王なれば普く諸の大衆に告ぐ「ただ、一乗の道のみをもって諸の菩薩を教化して、声聞の弟子は無し」と。
汝等、舎利弗と声聞と及び菩薩とは当に知るべし、この妙法は諸仏の秘要なることを。五濁の悪世には但、諸の欲にのみ楽著(ぎょうじゃく)するをもってかくの如き等の衆生は終に仏道を求めず。当来世の悪人は仏の一乗を聞いて迷惑して信受せず法を破して悪道に堕せん。慚愧すること清浄にして仏道を志求する者あらば当にかくの如き等のために広く一乗の道を讃むべし。舎利弗よ、当に、諸仏の法はかくの如く万億の方便をもって宜しきに随って法を説きたもうと、知るべし。その習学せざる者はこれを暁了すること能わざるも汝等は既に諸の仏・世の師の宜しきに随う方便の事を知り、また、諸の疑惑なく心に大歓喜を生ぜよ。自ら当に仏となるべしと知れ。
(法華経・如来寿量品・偈文)
私は諸法の王である。一仏乗の教えのみを説いて多くの菩薩をのみを教化するのであって、私に声聞の弟子はいない。この教え(一仏乗)は諸仏の秘法であると知るべきである。混乱の悪徳の時代(五濁の悪世)には自分のことのみに執着して、このような人々は仏道を求めようともしない。かかる悪人どもは一仏乗の教えを聞いても、困惑して信ずる事なく、教えを棄てて、未来に三悪道に堕ちるであろう。しかし、恥を知り、清浄にして仏道を求める人々もいるであろう。そういう者達のために私は広く一仏乗の道を讃めたたえよう。舎利弗よ、諸仏の教えはこのようであって、無限の方便を用い、衆生の種々の欲と能力そしてその置かれた状況に応じては教えを説くのだということを知らねばならない。それを学ばない者には決して理解できないのである。しかし、お前達は諸仏・世尊の深遠な方便の不可思議な働きのことを既に知った。疑いなく、自らが仏に成るのだという事を信じて、心から大いに喜ぶべきである。
自らが仏に成るのだ。誰かが仏にしてくれるのではない。念仏は暗闇を照らす明かりである。その明かりの下に、弥陀の誓願不思議を見つけたのである。その時、念仏の心が自らに湧きだしてきたのである。自らが念仏して、自らが浄土往生(成仏)するのだと、こう信心が決定したのである。だから、信心決定と浄土往生は同時である。同参の悉有仏性である。
教えは道標(みちしるべ)であって、仏道を歩むのはあくまでも我々自身である。「与仏有因」とはこの意味で、歩む力であり、観る能力である。そのままで仏であるのではない。行為(業)により仏なのである。自ら歩み、自ら観るのでなければ仏には決して近付くことは出来ない。だから、「自知当作仏」であらざるを得ないのである。
与仏有縁。仏との縁有りというのである。ここに言う「仏」とは寿量品で明らかにされた「久遠実成の本師釈迦牟尼仏」である事はいうまでもない。
(願生此娑婆国土し来れり)
無門関第一則にこうある
趙州(じょうしゅう)和尚、因みに僧問う、「狗子(くし)にかえって仏性有りやまた無しや」。州いわく、無。
「無」の公案である。今この考案から、考えたいことは”人間的存在”とは何ぞや、ということである。だから、犬(狗子)に仏性が有るか、無いかということは、今ここではどうでもいいことである。人間的存在なくして、仏法を知り得ないし、また仏に会い見みえることは出来ない。明明白白である。道元禅師はこう教えられている。
人身得ること難し、仏法あうこと稀(まれ)なり。今、我ら宿善の助くるによりて、すでに受け難き人身を受けたるのみに非ず、あい難き仏法にあい奉れり。生死のなかの善生最勝の生なるべし。
道元禅師のご指摘を待つまでもない。人間的存在なくして、仏法はあり得ない。犬の仏性の有無など論ずる必要がないのである。親が勝手に産んだのではない。また、偶然生まれたのでもない。自らの宿世の業が此の娑婆世界を選んだのだ。法華経は「人間とは何か」を問う壮大なドラマである。見宝塔品と従地湧出品にここの所の意味を探りたい。所は霊鷲山上、十大弟子及その他全ての仏弟子に授記を与え終わり、続いて、世尊は滅後の菩薩に対し、この経の受持と弘経の功徳を説かれる。その時である。突如、地中より七宝の大宝塔が現れ出でて虚空にそそり立った。そして、その中より大音声が聞こえてくる。
善いかな、善いかな、釈迦牟尼世尊は、能く平等の大恵、菩薩を教える法にして、仏に護念せらるるものたる妙法華経ををもって、大衆のために説きたもう。かくの如し、かくの如し。釈迦牟尼世尊よ、説く所の如きは、皆これ真実なり。
それは多宝如来の声であった。この如来は滅度の後、法華経の説かれる所何処にでも大宝塔を出現せしめ、そして、その真実を証明しようとの誓願を立てられたという。今、だから、ここにこうして地中より出現され、証明の大音声を発せられたのである。
ならば、法華経を説くとは、いったい、どういうことなのか。妙法蓮華経、この経題を考察してみたい。法は「ダルマ」であり、秩序とともに”存在”を意味する。だから妙法とは”不可思議な存在”ということである。蓮華はその象徴である。蓮華は泥中にあって、しかも、その中から美しい華を咲かせる。その四字は、煩悩(泥)の中より仏(華)が生まれるという、仏教の基本的姿勢を象徴しているばかりでなく、人間存在そのものを象徴しているである。つまり、法華経を説くとは「人間存在の真の意味」を明らかにすることなのだ。白隠禅師に「妙法蓮華」の墨跡がある。禅師もここの所を強調されたかったのに違いない。
やがて、世尊は多宝如来のさらなる誓願に応じて、十方世界の自らの分身の諸仏を集められ、さらに、この大千世界を一仏土となされる。そして、宝塔の扉を開けられる。すると、多宝如来は釈迦牟尼仏に半坐を分かち与えられ、こうして、二仏が並坐せられる所となる。仏の神通力をもって、聴衆は虚空に在かれる。この時である。仏は人々にこう告げられた。
「誰か能くこの娑婆世界において、広く妙法華経を説かん。今、正しくこれ時なり。如来は久しからずして、まさに涅槃に入るべし。如来は付嘱して、とどまることあらしめんと欲するなり」
(見宝塔品)
すると、他方より来ていた菩薩達が、”私たちが仏の滅後に広くこの経を説きましょう”と申し出られた。しかし、仏はこの申し出に対し、こう応えられる。
「止めよ、善男子よ。汝等の、この経を護持することを、もちいず。所以はいかん。わが娑婆世界に、自ずから六万の恒河の沙に等しき菩薩・摩訶薩有り、一々の菩薩に各、六万の恒河沙の眷属あり。この諸々の人等は、能く我が滅後において、護持し、読誦して、広くこの経を説けばなり」と。
仏、これを説きたもう時、娑婆世界の三千大千の国土は、地、皆、震裂して、その中より、無量千万億の菩薩・摩訶薩ありて、同時に湧出せり。この諸の菩薩は、身、皆、金色にして、三十二相と無量の光明とあり。先きより尽く娑婆世界の下、この界の虚空の中に在って住せしなり。この諸の菩薩は、釈迦牟尼仏の所説の音声を聞きて、下よりあらわれ来たれり。・・・・・かくの如き等のたぐいは、無量・無辺にして算数(さんじゅ)も比喩も知ること能わざる所なり。この諸の菩薩は、地より出でおわりて、各、虚空の七宝の妙塔の多宝如来と釈迦牟尼仏のみもとに詣で、至りおわって、二世尊に向かいたてまつりて、・・・・・合掌し恭敬し、諸の菩薩の賛法をもって、・・・賛歎したてまつり、・・・・・二世尊をあおぎたてまつる。
(従地湧出品)
しかし、会中の誰もがこの地中より涌き出してきた無量無数の菩薩達を知らない。この菩薩達はどこから、どんな因縁でこうしてここに集まってきたのであろうか。時に、弥勒菩薩が大衆を代表して世尊に伺った。それに、仏はこう答えられた。
「われは今、この大衆において、汝等に宣告す。阿逸多よ、この諸の大菩薩・摩訶薩の無量・無数の阿僧義にして地より涌出せるは、汝等が昔より未だ見ざりし所の者なり。われは、この娑婆世界において、阿耨多羅三貌三菩提を得おわりて、この諸の菩薩を教化し、示導し、其の心を調伏して、道の意(こころ)を発こさしめたり。この諸の菩薩は、皆、この娑婆世界の下の虚空の中において、住せしとき、諸の経典を読誦し、通利し、思惟し、分別して、正しく億念せり。阿逸多よ、この諸の善男子等は、衆に在りて多く説く所あることを楽(ねが)わずして、常に静かなる処を楽い、勤行し、精進して、未だかって休息(くそく)せず、また、人・天に依止して住せず、常に深智を楽って、障擬あることなく、また、常に諸仏の法を楽い、一心に精進して、無常恵を求めたり。」
(従地湧出品)
この後、如来寿量品において、如来成道の久遠実成と如来寿量の久遠無量が明かされるのである。この娑婆世界の主人公は我々自身である。この娑婆(地球)世界を離れて我々の存在は、あり得ない。大地が震え、亀裂が生じて、その裂目より無量無辺の菩薩が湧き出てきたとは法華経(妙法十句)の行者の誕生をいうのである。大地とは「信心」である。母性の象徴である。多宝仏の証明は「妙法」(法華経)を指している。父性の象徴である。信心と妙法という父母が合い和して仏子が誕生する。この娑婆世界に人間として誕生し、しかも、法華経に会い奉ったという事はかかる釈迦牟尼仏との仏縁によるのである。道元禅師はここの所を、分別功徳品の一文を評してこう述べられている。
釈迦牟尼仏、大衆に告げて言はく、「若し善男子善女人、我が寿命長遠なりと説くを聞きて、深心に信解せば、則ちこれ仏、常に耆者崛山(ぎしゃくつん)に在まして、共に大菩薩、諸声聞衆に、囲澆(いにょう)せられて説法したまふを見る。又この娑婆世界は其の地瑠璃にして、担然平正(たんねんびょうしょう)なりと見る。
(分別功徳品)
この「深心」といふは「娑婆世界」なり。「信解」といふは無廻避処(むういひしょ)なり。誠諦(じょうたい)の仏語、たれか信解せざらん。この経典にあひたてまつるは、信解すべき機縁なり。「深心信解」是れ法華、「深心信解」「寿命長遠」のために、願生此娑婆国土しきたれり。如来の神力・慈悲力・寿命長遠力、よく心を拈(ねん)じて信解せしめ、身を拈じて信解せしめ、尽界を拈じて信解せしめ、仏祖を拈じて信解せしめ、諸法を拈じて信解せしめ、実相を拈じて信解せしめ、皮肉骨髄を拈じて信解せしめ、生死去来を拈じて信解せしむるなり。これらの信解、これ見仏なり。
(正法眼蔵・見仏)
分別功徳品にこうある。釈迦牟尼仏は人々にこう語りかけた。「もし、善男子・善女人で、我が寿命が永劫長遠であると聞いて深く心から信解する事が出来る者があれば、その人は常に仏が霊鷲山にあって、多くの菩薩や声聞達に囲まれて説法している姿を見る事が出来る。また、この娑婆世界はその地は瑠璃でできており、何の障害物もなく平坦である光景を見ることが出来るのである。
この「深い心」というのが「娑婆世界」なのである。「信解」とは不退転(無廻避処)である。「誠のことばを信ぜよ」と宣べられた仏の御言葉、誰が信解出来ないなどと言えようか。この法華経に会い奉った事こそが、信解すべき機縁なのである。「深心信解」はすなわち法華経である。如来の「寿命長遠」を「深心信解」する為に「この娑婆世界に願って生まれた来たった」(願生此娑婆国土しきたれり)のである。如来の不思議の力(神力)、慈悲の力、寿命長遠の力を考えに考え抜いて信解させ、この身体は何ぞやと考えに考え抜いて信解させ、同じく、世界(尽界)・仏祖・万物(諸法)・実相・伝法(皮肉骨髄)・生き死に(生死去来)とは何ぞやと考えに考え抜いて信解させる。かかる信解が仏を見る(見仏)という事なのである。
(自湧の菩薩)
道元禅師は深心が娑婆世界であるという。深心が如来の「寿命長遠」を信解するのである。深心はこの娑婆世界の大地の下の虚空である。自湧の菩薩達はこの虚空に留まっていたのである。だから、「深心信解」は「自湧の信心」である。自湧の信心は久遠の釈迦牟尼仏から頂いたものである。だから、法華経(妙法十句)の行者はこの娑婆世界に願って生まれ来たったのである。これを「本化自湧の菩薩」というのである。ここの所を拈じて信解する所に仏の慈悲と導きが現成してくるのである。
「与仏有縁」とは、いつの生涯かは知らないけれど、久遠実成の釈迦牟尼仏から如来の「寿命長遠」を聞いて深心信解したその仏縁をいうのである。だから、今、ここに法華経に会い奉り、しかも、本化自湧の菩薩として「自湧の信心」に出会ったという事は不可思議、断言説の仏縁なのである。
(自湧の信心)
仏寿の久遠はいつでも開示されている。妙法十句の明かりに照らされて、それがようやっと少しづつ見えてきた。仏寿の久遠は学ばなければ、これを理解する事は出来ない。
深心に学ぶ所に信・解が同参する。深心は自湧の菩薩の住まわれる処である。だから、深心信解は「自湧の信心」である。「自湧の信心」が決定(けつじょうする)所に仏寿の久遠(悉有仏性)が同参してくるはずである。道元禅師のご指摘のとうり、「深心信解」は法華経である。だから、ここで”深心に学ぶ”とは法華経を学ぶということである。参十句はその道標(みちしるべ)である。「学び」のない所に「深心信解」も「自湧の信心」も現成してこない。学ばない者は決して仏も見ないし、仏法も見ない。まずはこの事を理解すべきである。
(この諸の衆生は悪業の因縁をって阿僧祇劫を過ぐれども三宝の御名を聞かざる)
宗教の成立には次の三つの要件が必要である。「救い」と「信」と「伝道」である。伝道は「救い(神)」と「信」の社会化である。「宗教共同体」(教団)はその社会化の過程であり結果である。その社会化の過程が政治レベルまで達すると「宗教国家」が成立する。つまり、「伝道」(信仰と救いの社会化)の有無が宗教と思想・哲学等を見分けるキーワードである。また、伝道には「外への伝道」と「内なる伝道」がある。外への伝道とは教団外の人々への布教である。内なる伝道とは信徒教育である。
そうすると、「仏法僧」は宗教ということになる。だから、「三宝」と尊崇されるのだ。仏教思想とはいうけれども、仏法思想、仏道思想という言い方はしない。仏法とは何をどう見てどう考えるかを仏がお示しになったものである。経典はその記録である。仏道はそのお示しになられた教えをどう行いどう社会化していくか、その方法である。仏祖・諸先達の歩まれた道がこれである。宗祖の方々の御遺文は我々に仏道の歩み方を教えてくれる。仏法は「ものの見方」である。仏道は「ことの行じ方」である。
さて、それでは三宝とは具体的には何か。「仏」とは”救い”が具現化されたものである。”南無阿弥陀仏”も”南無妙法蓮華経”もともに”救い”であると同時に名号そのもの、あるいは、題目そのものが「仏」である。妙法十句にあっても、この意味で、十句四十二文字が”救い”であると同時に「仏」である。しかも、その”救い”は正しい指導者(正師)の指導によってのみ実現するのであるから、「仏」とはまた”正師”であるとも言える。信心・信仰の対象として、本尊というけれども、仏像・曼陀羅・名号等はそのままでは”物”であって、今、ここに言う三宝の中の仏ではない。正師によって”救い”が実現されて初めて、それらは三宝中の「仏」となるのである。
「法」とは”正しいものの見方・考え方”である。それは、この世界と自己存在の成り立ちに対する正しいものの見方・考え方である。仏教におけるそれは”因果の道理”である。それは個々人に自律・自制を要求する。だから”仏法”なのである。”信”とはかかる仏法に対する信でなくてはならない。因果の道理を亡じてしまえば、忽ちに、仏教思想となってしまう。だから、正師が必要なのである。
人間は共にある存在である。だから、一人だけの信心・信仰などはあり得ない。信は社会化されて初めて信心・信仰となる。信の社会化とは”信心・信仰の共有”である。その共有の場を「僧」(サンガ)というのである。サンガ(僧)は”共に行じ、共に歩み、共に救われる”場である。ここの所を”仏道”というのである。仏道がそのまま”伝道”である。仏教徒と称して、集まってみたところで「僧」(サンガ)とはなり得ない。救い(仏)と信(法)が共有されていなければサンガ(僧)とはなり得ない。だから、伝道の働きも生じてこない。
今、見てきたように、「仏法僧」とは宗教の成立要件としての「救い」「信」「伝道」そのものである。たから、仏法僧縁とは”宗教としての仏教”に出会うという事である。何であれ、本物に出会うのは難中の難である。宗教とて事情は同じである。寿量品(法華経)にこうある。
わが浄土はやぶれざるに しかも衆(もろびと)は焼け尽きて
悪業の因縁とは「因果の道理」に無知なることである。これを「無明」というのである。無明ゆえに永劫の輪廻転生を繰り返えざるを得ない。そこの所を諸の罪の衆生と言われたのだ。かかる悪人どもは阿僧祇劫という長い時において無数の生涯(輪廻転生)を得ようとも、どの生涯においても、正法(本物の宗教)つまりは「三宝」に出会うことはないと言うのだ。
道元禅師は上の経文を評してこう述べられておられる。
法華経は、諸仏如来一大事の因縁なり。大師釈尊所説の諸経のなかには、法華経これ大王なり、大師なり。余経・余法は、みなこれ法華経の臣民なり、眷属なり。法華経のなかの所説これまことなり、余経中の諸説みな方便を帯せり。ほとけの本意にあらず。余経中の説をきたして法華に比校(ひきょう)したてまつらん、これ逆なるべし。法華の功徳力をかうぶらざれば余経あるべからず、余経はみな法華に帰投したてまつらんことをまつなり。この法華経のなかに、今の説まします。しるべし、三宝の功徳、まさに最尊なり、最上なりといふこと。
(正法眼蔵・帰依仏法僧宝)
一見、日蓮聖人の文章かと思われるほどの法華経礼賛であるが、正真正銘の道元禅師の御文章である。法華経は諸経・所説の中の大王であり、他の諸経・所説は法華経の臣民、家来である。法華経にのみ仏の本意があるのだから、他の経と法華経を比較するなど、おこがましいことである。他の諸経は法華経を介してのみ仏法・仏説となるのだ。これはどういう事かと言えば、法華経は他の諸経・所説に「宗教性」を与えるものであるという事である。引用の経文中の「三宝」はその象徴である。次に、この辺の事情を親鸞聖人に見てみたい。
(法華経の行者親鸞)
宗教学者・中村元先生は浄土経典の”哲学的諸問題”という一文においてこう指摘されている。
日本の浄土教においては、信、信仰、信心が非常に重要なことがらとされているが、浄土経典は、必ずしも熱烈な信仰の絶対性を明らかに説いていない。インド思想一般において、熱烈な信仰を意味する語は、bhakti(信愛)であるが、この観念が経典のうちに示されていない。
浄土経典で説いているのは、心のプラサーダ(prasada)であり、それを「信」と訳すこともあるが、それは「心がすみ切って明るく軽やかになった状態」を示す。また、シラッダー(sraddha)という語で「信」が説かれているが、それは、諸々の仏の教えまたは言葉を、そのまま受け取ることであって、個人的存在に対する信頼ではない。だから、浄土経典は弥陀一仏に対する絶対性を説いていない。説いているのは、無量寿仏を念じ、その名を聞くならば、その不思議な力によって、衆生が極楽世界に生まれることができるということである。
(岩波文庫 浄土三部経 下)
確かに、浄土経典を通読してみても”念仏信心”というイメージがどうしても感じられてこない。念仏者がいうような、慈父(親さま)としての阿弥陀仏のイメージも沸いてこない。法蔵菩薩の誓願と極楽のありさま、そして、極楽世界のイメージングの方法と念仏者への臨終時の弥陀来迎の保証・・・・念仏もまたイメージングの手段にすぎない。
さて、法華経である。この経は”宗教体験”の書である。白隠禅師の生家は日蓮宗であり、禅師も幼い頃より法華経には慣れ親しんだようだ。出家まもない十六才のおり、一心に法華経を読んでみたがどうしてもわからない。「唯有一乗、諸法寂滅」などのことばを除いて、他はすべて因縁話や比喩ばかりで何も内容がない。そして、この経にもし功徳があるならば、諸史、百家、謡いの書、小説でも功徳があることになってしまうと思い、法華経を棄ててしまわれた。また、江戸時代の神道家の平田篤胤は、法華経は中身のない能書きだと酷評した。確かに、この経を一貫せるのは、この経の受持(信心)とそのことによる絶大なる功徳のことばかりである。この意味では能書きである。しかし、このことは視点を変えれば、この経の作者の仏に会えし感動(宗教体験)の喜びの表現なのである。宗教体験は体験せる者にしか理解できない。比喩と因縁話でしか人に伝えることば出来ない。ここのところを、白隠禅師は四十ニ才にして初めて徹見されたのである。
絶対者と人とのかかわり、これが宗教の根幹である。そして、この両者のかかわり方というのは宗教の差異をこえて、相通づるはずである。この視点にたって親鸞聖人の思想をみると、法華経の顔が何となく見えてくる。嘆異抄を種にここの所を探ってみたい。嘆異抄の第一段である。この御文章における親鸞聖人の心持ちを法華経に探ってみたい。
弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて、往生をばとぐるなりと信じて、念仏まうさんとおもいたつこころのをこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあづけしめたまうなり。
ここの所は法華経の以下の経文に相通ずる。
われ、仏を得てよりこのかた 経たるところの諸々の劫数は無量百千万億載阿僧祇なり。常に法を説きて 無数億の衆生を教化して仏道にいらしむ それよりこのかた無量劫なり。衆生を度(すく)わんがための故に 方便して涅槃を現わすもしかも実には滅度せずして 常にここに住して法を説くなり。われは常にここ住すれども 諸々の神通力をもって顛倒の衆生をして 近しといえどもしかも見ざらしむ。衆(もろびと)はわが滅度を見て 広く舎利を供養しことごとく皆、恋慕をいだいて 渇仰の心を生ず。衆生すでに信伏し 質直(すなお)にして意(こころ)柔軟(なよらか)となり一心に仏を見たてまつらんと欲して 自から身命を惜しまざれば時に我および衆僧は ともに霊鷲山に出ずるなり。われは時に衆生に語る「常にここにありて滅せざるも方便力をもっての故に 滅不滅ありと現わすなり。・・・」
(如来寿量品・偈文)
弥陀は西方十万億土の彼方にあると思っていた。しかし、気がついてみるとここ(己心)におられた。宗教的体験とは絶対者(仏)と出会うことに始まる。念仏をしたい。有り難いことだ。こころが倒錯(顛倒)せる間は仏を見ることは出来ない(近しといえどもしかも見ざらしむ)しかし、今こころ素直に仏に会いたい一心に、念仏が自然と心に湧いてくる。今やすでに仏の大慈大悲の御手のなかに救い取られている(時に我および衆僧はともに霊鷲山に出ずるなり)自分に気づく。第一段、続き...
弥陀の本願には、老少善悪のひとをえらばれず、ただ信心を要とすとしるべし。そのゆへは、罪悪深重、煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にてまします。しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆえに。悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきがゆえにと、云々。親鸞聖人は弥陀の本願は全ての衆生を救うと言われるが、実は経文にはこうある。
たとい、われ仏となるをえんとき、十方の衆生、至心に
(大無量寿経 第十八願)
つまり、経文によれば弥陀の救済の対象から悪人は除かれている。五逆とは父母殺し、仏弟子殺し、仏を傷つけること、および、サンガの破壊行為である。謗法はいうまでもない。弥陀の本願を妨げる悪は現に存在するのである。老少善悪をえらばれない仏の大慈大悲の願とは、法華経の次の願文にかいま見える。
毎(つね)に自らこの念をなす「何をもってか衆生をして 無上道に入り速かに仏身を成就することを得せしめん」と
(如来寿量品・偈文)
ここには何の条件もしめされていない。この願文こそが一切の衆生に開かれた仏の真の大慈大悲である。天台僧としての聖人の心の奥底の無意識がこう言わしめたのであろう。また、仏に出会う唯一の条件は”身命を惜しまず、一心に仏を見たてまつらんと欲する”素直なこころであった。つまりは、聖人いうところの”ただ信心を要とす”ということである。信心とは素直なこころそのものである。
要は、歎異抄の第一段は法華経の寿量品を無量寿経を借りて表現したということが出来る。悟るとは、法華経を悟ることである。往生とは法華経(己心の極楽浄土)に往生することである。無量寿経は法華経(親鸞聖人)によって、見事に、宗教として再生したのである。インドにも中国にも決して「宗教としての念仏」は生まれなかった。法華有縁のこの日本の地でのみそれは可能だったのである。
(凡夫の四顛倒)
無常・苦・無我・不浄。愚かなるかな。顛倒夢想の人間の業をこう言うのである。人生は無常である。人生は苦である。人生は思いどおりにならない。人生は奇麗事だけではない。なのに、愚かな衆生は常楽我浄となってしまう。私は死なない。人生は楽しい。人生は思い通りになる。人生は美しい。理屈ではない。そうなってしまう。それが、人間というものの業である。だから、凡夫の四顛倒というのだ。
(如来の常楽)
生老病死。四苦八苦。何事も思いどうりにはならない。顛倒の衆生にはそうとしか見えない。しかし、仏は自らの浄土をこう説かれる。
衆生の、劫尽きて 大火に焼かるると見る時もわがこの土は安穏にして天・人、常に充満せり。園林・諸の堂閣は 種種の宝をもって荘厳し宝樹には華・菓多くして 衆生の遊楽する所なり。諸天は天の鼓を撃ちて常にもろもろの儀楽をなし曼陀羅華をふらして 仏及び大衆に散ず。わが浄土はやぶれざるに しかも衆(もろびと)は焼け尽きて憂怖・諸の苦悩 かくの如き悉く充満せりと見るなり。
(法華経・如来寿量品・偈)
この世界の終わりがきて、人々は世界中が大火に焼かれていると見よう(無常)。そのような時であっても、わがこの浄土はそのような火に焼かれることもなく、安穏にして、天人や人々が満ち溢れている(常)。遊園や多くの建物が立ち並び、それらは種々の宝飾をもって飾られ、樹木には美しい華ばな・果実が実り、人々はそれらを楽しんでいる(楽)。天人達は天の鼓を打ち鳴らし、常に、美しい音楽を奏でて、天より曼陀羅 華を仏と人々の上に散り降らしている。わが浄土はこのように破られることなく、常に 安穏である。しかるに、人々は大火に焼け尽きて、この世界には憂い・恐怖・諸々の苦が充満している(苦)と見るのだ。
大火に焼かれているのは衆生自身である。しかも、自らを自らが焼き尽くしてしまっていることに気が付かない。身の不幸は世々生々の宿世の悪業の報いである。居場所がないと嘆いていても仕方がない。行為(業)によって仏でもあり、行為によって愚者でもあるのだ。居場所がなければ、作ればよい。仏教はそう教えている。不安から逃げようとしても、不安は追いかけてくる。人生は短い。今生こそ、宿世の悪業を転換すべきチャンスである。人生は転換出来る。その方法を仏はこう教えられている。
阿逸多よ、若し善男子・善女人ありて、わが説きし寿命の長遠なることを聞きて深心に信解せば、則ちこれ仏の常に儀者掘山に在(ましま)して大菩薩・諸の声聞衆の囲繞せると共に説法したもうを見たてまつらん。又、この娑婆世界はその地、瑠璃にして坦然として平正(たいら)けく閻浮檀金(えんぶだいごん)これをもって八道を界(さかい)し、宝樹は行列し諸の台(うてな)・楼(たかどの)・観(ものみ)は悉く宝をって成り、その菩薩衆はことごとくその中にすめるを見ん。若し、かくの如く観ること有らば、当に知るべし、是れはこれ深信解の相なることを。
(法華経・分別功徳品)
深心はこの娑婆世界であり、自湧の菩薩の住まわれる処である。深心信解とは自湧の信心である。どこかの生涯で、仏より法華経を聞いたはずである。だから、こうして今、法華経に会い奉ったのである。どうして、仏寿の長遠を信じられないなどという事があろうか。仏法は学ばねば、これを成就することは出来ない。学仏法が初心の深心信解でなくてはならない。
また、如来の滅後に、若しこの経を聞きて而も毀誉(そし)らずし喜の心を起こさば、当に知るべし、すでにこれ深信解の相なることを。何に況んや、読誦し受持せん者をや。この人は則ちこれ如来を頂戴したてまつるなり。阿逸多よ、この善男子・善女人はわが為にまた塔寺を建て及び僧坊を作り、四事をもって衆僧を供養することをもちいざれ。所以は何ん。この善男子・善女人にしてこの経典を受持し読誦せば、これすでに塔を建て僧坊を造立し衆僧を供養せしものなればなり。
(法華経・分別功徳品)
滅後とは今の我々である。仏寿の長遠を聞いて随喜の心が起こる。滅後の衆生は直接 仏の指導を受けるわけにはいかない。だから、随喜心がそのまま深心信解なのだという。それはどういう事かと言えば、滅後に仏寿の長遠を聞いて随喜するとは「如来の常在説法」を見聞して随喜する事なのであるから、その随喜心は当然”深信解の相”であるはずである。随喜し、しかも、読誦し受持すれば、それは如来を頂戴し奉っている事になるのである。その人は寺を建てたり、僧団を供養する必要もない。なぜならば、法華経の受持と読誦がつまりは寺を建て、僧団を供養したことになるからである。
生老病死。人生は苦。無常・苦の世界にあって、「常」「楽」とは信心である。信心とは仏寿長遠(常)の随喜心(楽)である。随喜心は深信解の相である。深信解の相とは決して毀れることのないこの浄土娑婆世界である。現実の世界とは別に仏の浄土があるわけではない。「信心」がその浄土なのである。それは決して毀れる事がないし、久遠随喜の世界である。だから、「常」「楽」なのである。ここの所を「如来の常楽」というのである。
人並みであろうとなかろうと、この肉体はいつか毀れる。人並みの人生であろうとなかろうと、人生はいつか終わる。しかし、信心は毀れることもないし、終わることもない。親鸞聖人の信心も、道元禅師の信心も、日蓮聖人の信心も、また、白隠禅師の信心も皆同じ「如来の常楽」の信心なのである。
(如来の我浄)
いかほど屈強な身体の者でも、病み、老い、そして、いつか死するのである。守るべき絶対的な自己存在などあり得ない。たとえ守り得たところで、せいぜい、八十年である。だから、仏は「無我」と教えられたのである。このままでは罪を負ったまま再生(輪廻)の旅路に赴かなくてはならない。この大罪を償う方法はあるのであろうか。この大罪を償うべき善事とは何なのであろうか。仏はこう教えられている。五十転展(てんでん)の教えと言われているものである。
その時、仏は弥勒菩薩・摩訶薩に告げたもう「阿逸多よ、如来の滅後に、若しくは比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷及び余の智者、若しくは長(としたけ)たるもの、若しくは幼きものにして、この経を聞きて随喜しおわり、法会(のりのあつまり)より出でて余処に至り、若しくは僧坊にあり、若しくは空閑(しずけ)き地、若しくは城邑(みやこ)・巷間(ちまた)・聚落(まち)・田里(むら)・にて、その所聞の如く、父母・宗親(やから)・善友(よきとも)・知識(しりびと)のために、力に随って演説せば、この諸の人等は聞きおわりて随喜し、また行きて教えを転(つた)え、余の人も聞きおわりて亦、随喜して教えを転(つた)え、かくの如くして第五十に至らん。阿逸多よ、その第五十の善男子・善女人の随喜の功徳を、われ今、これを説かん。
(法華経・随喜功徳品)
この経とは法華経である。法華経とは「仏寿の長遠(久遠)」である。「随喜」とはその「深心信解」である。深心信解とは「信心」である。”聞きて随喜しおわり、教えを伝える”とは、だから、”信心を人々に勧める”ことに他ならない。教えが伝わり、伝わって五十人目の人の随喜(信心)の功徳はどのようなものであるかと言うのである。
続いて、経文はこう説く。四百万阿僧祇という世界に棲む六趣輪廻の衆生は、生まれ方・姿形・想(こころ)の有り様は異なるけれども、ある人がこの衆生すべてに金銀、宝石、馬車、宮殿等何でも欲しいものを与えた。そして、八十年が過ぎた。この大施主はこうしておいて、彼らを教え導き、無上の悟りの世界へ導き入れた。こう話されて、仏は弥勒に質問された。
「汝が意において、如何ん。この大施主の得る所の功徳はこれ多しや」と。弥勒は、仏にもうして言わく「世尊よ、この人の功徳は甚だ多くして、無量無辺なり。若しこの施主、但、衆生に一切の楽具を施すのみにても、功徳は無量ならん。何に況んや、阿羅漢果を得せしめんをや」と。仏は弥勒に告げたもう「われ今、分明(ふんみょう)に汝に語らん。この人、一切の楽具をもって、四百万億阿僧祇の世界の六趣の衆生に施し、また阿羅漢果を得せしめんに、得る所の功徳は、この第五十の人の、法華経の一偈を聞きて随喜せん功徳に如かざらん。百分・千分・百千万億分の、その一にも及ばざらん。乃至、算数(さんじゅ)・比喩も知ること能わざる所なり。阿逸多よ、かくの如く第五十の人の、展転(めぐりめぐ)りて法華経を聞きて随喜せん功徳は、尚、無量無辺阿僧祇なり。何に況んや、最初、会の中において聞きて随喜せん者をや。その福また勝れたること無量無辺阿僧祇にして、比らぶること得べからず。」
(法華経・随喜功徳品)
五十人目の人の「随喜」の功徳の方が、無量無上の「布施」の功徳より百千万億倍も多いというのである。否、それは比較も出来ないほどだと言うのだ。今、ここで、仏が 問題にされている事は、布施と弘教(伝道)とどちらか大切かという事である。「伝道」は宗教の成立要件の一つであった。仏寿の長遠を聞いて深心に信解し、その随喜の心を伝え、伝えて五十人目に至ったのであるから、その「随喜」心には「信」と「救い」が 含まれている事は明らかである。だから、この五十転展の教えは、宗教とは何かをも又 我々に教えているのである。
さて、今ここに説かれる「随喜」について、もう少し深く考えてみたい。仏寿の長遠を聞いて、深心に信解し、随喜した時、その人は既に「自分の尺度(我執)」から解放されている。しかも、受持し、読誦すれば、それは如来を頂戴し奉っている事(分別功徳品)になるのであるから、その行いは「如来の事(行い)」である。随喜し、他の人へそれを伝え(伝道)し始めた時、その人は如来の大慈・大悲を行じ始めたのである。そこには、既に、凡夫の顛倒夢想(自分の尺度)はないはずである。その時、その人はまさしく「如来の大我」にあるのである。
如来の大我とは如来の事(じ)である。それでは、その如来の事を行なうとはどういう事であり、それにはどのような功徳があるのであろうか。
その時、仏は常精進菩薩・摩訶薩に告げたもう。「若し善男子・善女人にして、この法華経を受持し、若しくは読み、誦し、若しくは解説(げせつ)し、若しくは書写せば、この人は当に八百の眼(げん)の功徳、千二百の耳(に)の功徳、八百の鼻(び)の功徳、千二百の舌(ぜつ)の功徳、八百の身(しん)の功徳、千二百の意の功徳を得べし。この功徳をもって六根を荘厳(しょうごん)して皆、清浄(しょうじょう)ならしめん。この善男子・善女人は父母所生(ぶもしょしょう)の清浄なる肉眼をもって三千大千世界の内外(ないげ)のあらゆる山・林・河・海を見ること、下は阿鼻地獄に至り、上は有頂に至らん。亦、その中の一切衆生を見、及び業の因縁・果報の生処(しょうじょ)を悉く見、悉く知らん」
(法華経・法師功徳品)
仏寿の長遠を聞いて、その趣旨を深心に信解・随喜し、さらに、その教え(法華経)を受持、読・誦しただけで、その人は如来をその身に頂いたのであった。今、それに加えて、他の人々の為に解説・書写すれば、その人の眼・耳・鼻・舌・身・意の六根は清浄となるであろうと言うのである。そして、持って生まれた肉眼で三千大千世界の地獄から有頂天に到るまでの六道の中の衆生の有様と彼らの業の因果応報の結果を見るであろうと言うのだ。
引用した経文は眼根の清浄と功徳のみしか説いていないが、経文は続いて耳根・鼻根・舌根・身根・意根の清浄と功徳を詳しく説いている。すなわち、六道の衆生のあらゆる声を聞き分け、三千大世界のあらゆる香りを嗅ぐ事が出来る。また、その舌は苦きものも甘露の美味となし、法を説いてはその声は大衆を歓喜させる。その身体は肉身のままで、その中に三千世界の有様と六道の衆生の生死、及び、声聞・縁覚・菩薩・諸仏の説法を見るという。そして、その清浄な意(こころ)は一偈一句を聞いても無量無辺の意趣を覚るであろう。また、その人の説く所は何であれ全て正法に適うものとなるであろうと言うのである。
今、ここに言う、受持・読・誦・解説・書写を行ずる人を五種法師と言う。法師とは自らの為に行い(自利)、また、他の為に行なう(利他)ものでなくてはならない。仏寿の長遠を聞いて、深心に信解・随喜し、人の為に歩み(展伝)始めた時、凡夫の顛倒「我」は如来の「大我」に変じているのである。自らの為に受持・読・誦し、他の為に 解説・書写する中で、「不浄」の六根(肉身)は「清浄」の六根(如来身)へと変じていく。ここの所を「如来の我浄」というのである。
(救いと信は随喜展伝と同参する)
「常楽我浄」と法華経各品との関係をここで整理しておきたい。
常...仏寿長遠...如来寿量品
楽...信解随喜...分別功徳品
我...随喜展伝...随喜功徳品
浄...六根清浄...法師功徳品
これに、宗教の成立要件と三宝を当てはめてみるとこうなる。
常 ...救い...仏
楽 ...信 ...法
我浄...伝道...僧
そして、救いと信が社会化(伝道)されて初めて宗教が「宗教」となるのであるから、法華経(妙法十句)における「救い」と「信」は「随喜展伝」(伝道)と同参するのである。法華経の行者の究竟の善行とは法華経の随喜展伝(弘経)にある。日蓮聖人が法華弘経に一身をなげうたれたその心持ちが今こうして心底から理解出来るのである。
(毎に自らこの念を作す「何をもってか衆生をして無上道に入り速やかに仏身を成就することを得せしめん」と)
「観世音」とは菩薩として、現にここに在って、我々衆生を救い導く久遠の本仏の慈悲と導きの働きであった。朝念・暮念とは朝から晩まで念ずるという事である。朝から晩(暮)までと言うけれども、これは”常に””常時””二十四時間””行住座臥”という事でもある。だから、「朝念観世音 暮念観世音」とは、二十四時間の「観世音南無仏」である。行住座臥の「観世音 南無仏」である。そして、”仏の慈悲と導き”(観世音)は”一心欲見仏”(南無仏)によって実現するのであるから、二十四時間・行住座臥の「一心欲見仏」(南無仏)を「朝念観世音 暮念観世音」というのである。
衆生が仏を念ずる(南無仏する)時、仏もまた衆生を念じておられるのである。その時、「南無仏」は「念観世音」となっているのである。何故ならば、「観世音」とは、仏の慈悲と導きのその働きに他ならないからである。だから、仏は寿量品の最後にこう宣言されたのである。
毎(つね)に自らこの念(おもい)を作す「何をもってか衆生をして無上道に入り 速やかに仏身を成就することを得せしめん」と
この偈文は、本師釈迦牟尼仏の久遠の本願である。仏は、既にこう宣べられている。
舎利弗よ、当に知るべしわれ、本、誓願を立て一切の衆をしてわれの如く等しくして、異なることなからしめんと欲せり。わが昔の所願の如きは、いま、すでに満足し 一切衆生をして皆、仏道に入らしめたり。
(方便品・偈文)
この言葉は、経典の作者の創作ではない。肉体を持った釈尊その方がこう述べられている。
われは教えるであろう。われは法を説くであろう。汝らは教えられたとうりに行なうならば、久しからずして、良家の子らが正しく家から出て出家修業者となった目的である無上の清浄行の究極を、この世においてみずから知り証し体現するであろう。
これは、ベナレスでの初めての説法(初転法輪)において、旧友である五人の修業者に対しての釈尊の呼び掛けである。やがて、この五人は教えられたとうりに、修業を行なって釈尊と同じ境地に達したのある。法華経の上の経文は初転法輪の釈尊の念(おも)いを表現し直したものである。経文は釈尊のその人々への慈悲の念いを「本、誓願 を立てし」と表現したのである。しかも、滅後の衆生にとっては、その「本願」は休むことなく念じられ続けられていなくてならない。だから、「毎自作念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身」あらざるを得ないのである。
「朝念観世音 暮念観世音」とは仏の念いに対する衆生側の念いである。仏と衆生の念いが感応道交する所に、仏の慈悲と導きが現成してくるはずである。
(意は諸法にさき立ち 諸法は意に成る)
念念とは「仏の念(おも)い」と「衆生の念(おも)い」を言うのである。しかも、この念いと念いは「心」に従って心に起こるのである。だから、それらの念いは「心を離れては決して存在し得ないというのである。
人間と猿の遺伝子の差異は数パーセントであると言われている。その差は恐らく「心」の有無ではないかと想像される。宗教と言い、哲学・思想・倫理・道徳と言うけれども全て「心」を扱う領域である。社会制度も所詮人間が運営するものであるとするらば、最終的には人間の「心」に行き着く。共産主義の敗北は人間の「心」(欲望)を抑圧した所に主要な原因があったのである。資本主義の繁栄もやがて「心」(欲望)の放任によって衰退への道を歩み始めるに違いない。否、既に衰退への道を歩み始めたのかも知れない。経済も、結局は、人の「心」次第である。だから、一人一人、個人個人の責任なのである。こう考えるのが仏教の立場である。
それでは、仏教の教える「心」とは何なのか。法句経にそこの所を学んでいきたい。第一章の冒頭は次のような二対の詩より始まる。
意(おもい)は諸法(すべて)にさき立ち
諸法(すべて)は意(おもい)に成る
意(おもい)こそは諸法(すべて)を統(す)ぶ
けがれたる意(おもい)にて
且つかたり 且つ行わば
ひくものの跡を追う
かの車輪のごとく
くるしみ彼にしたがわん
(1)
意(おもい)は諸法(すべて)に先立ち
諸法(すべて)は意(おもい)に成る
意(おもい)こそ諸法(すべて)を統ぶ
きよらなる意(おもい)にて
且つかたり 且つ行わば
形に影のそうごとく
たのしみ彼にしたがわん
(2)
意(おもい)とは「心」である。諸法とは眼に見、耳に聞き、鼻に嗅ぎ、舌に味わい、肌に感じ、心に意識する「対象」世界である。心ここに在らず、という。意識しなければ、目の前の対象も在って、無いも同じなのである。恋に落ちれば、あばたも笑くぼなのである。
心(意・おもい)が対象世界(諸法・すべて)を作るのである。だから、汚れた心で 語り、且つ、行なえば、汚れた対象世界(対人関係)が作られるのである。轍(わだち)が車輪に追い従うように苦しみがその人に付き従うというのである。ここでは苦しみが車輪と轍の関係に例えられている。これは輪廻転生の苦しみを教えているのである。しかし、浄らかな心で語り、且つ、行なえば、浄らかな対象世界(対人関係)が作られるのである。物の影がその物を決して離れないように楽しみがその人に付き従うというのである。影は明かりがなければ出来ない。形と影の例えは、導き手のかざす灯火に例えているのである。善事もまた正師の下でなくては叶うものではない。
確かに、心(おもい)が対象世界を作るということは解った。しかし、実態としての「心」とはいかなる物なのであろうか。法句経にそこの所をもう少し聞いてみたい。
こころは保ちがたく かるくたちさわぎ
意(おもい)のままに 従いゆくなり
このこころを ととのうるは善し
かくととのえられし心は たのしみをぞもたらす
(35)
第三章、心意(こころ)と名付けられた章の中の一詩である。心は制御しがたく、ざわざわと立ち騒ぎ、欲望のままに、その欲望に従ってゆくものである。このような心を制御することは善いことである。このように制御された心は幸福(楽しみ)をもたらす であろう。
「ととのえられし心」と言う表現はどこかで聞いたような気がする。第十二章、自己(おのれ)にこのような一詩があった。
おのれこそ おのれのよるべ
おのれを措きて 誰によるべぞ
よくととのえし おのれこそ
まことえがたき よるべをぞ獲ん
(160)
「ととのえし己れ」とは「ととのえられし心」という事である。つまり、「心」とは「自己」に他ならない。仏教はあくまでも自己を問題にするのである。自己の行(業)が問われるのである。実に、人間存在とは「心」そのものである。仏教の教える「心」とは、人間存在そのものを言うのである。
心をととのえる(制御)とは周り(社会)と折り合いをつけるという事である。自分と他人(社会)は異なるのが当たり前なのだから、自己(欲望)と社会が対立するのは当然の事なのである。だから、周囲(社会)との折り合いが必要なのである。法律や倫理道徳等の「社会規範」は折り合いをつける為の手段である。家族の衰退、地域社会の崩壊、いじめ、自殺、少年犯罪の増加等々。現代社会の危機は社会規範の緩(ゆる)みにその原因の一端がある。これは、人間存在とは「心」であるという事を忘れた結果でもある。「心」を心理学や精神医学の対象とのみ捉えるからこうなるのである。「心」は本来「宗教」の対象である。社会規範としての宗教の復活こそ危機脱出の最善の処方箋である。だから、「伝道」が重要なのである。
(心の外に法華経なく、法華経の外に心なし)
禅宗は仏心宗とも言い、殊の外「心」を重視する。しかし、この事は禅宗の専売特許であってはならない。仏教そのものこそ「仏心教」と言えるのである。今まで論じてきた事でこれは明らかである。白隠禅師はかかる「心」について、こう教えられている。
成る程ど我ら常々申し談じ候ろ通り、心の外に法華経なく、法華経の外に心なく、心の外に十界なく、十界の外に法華経なし。是れ即ち決定至極の法理にて、愚老に限らず、三世の如来も、十方の賢聖も、極処に至っては、皆々かくの如く説きたまう事にて、法華本文の大意は、大段これ等の趣きを宣べたまいたる事にて、此の外にも八万四千の法門を宣べたまいたれども、皆権教の説にして、方便の間を出でず。至極に至りては、一切衆生と三世十方の如来と、山河大地と法華経と、悉く不二同体なる法理を諸法実相と説きたまいたる、是れ即ち仏道の大綱なり。おおよそ世尊一代頓漸秘密不定の法門あって、無量の妙義をのべたまいて、五千四十八巻の諸経有れども、その中の至極の旨、法華一部八巻のうちにつづまり、法華一部六万四千三百余字の極意は、妙法蓮華経の五字につづまり、妙法蓮華経の五字は、妙法の二字につづまり、妙法の二字は、心の一字に帰す。・・・さる程に妙法の一心は、展(の)ぶるときんば十方法界を含容(がんよう)し、収むるときんば無念無心の自性に帰す。この故に心外(しんげ)無法とも説きたまい、三界唯心とも諸法実相とも説きたまいぬ。その極処に至っては、法華経と云い、無量寿仏と云い、禅門には本来の面目と云い、真言には阿字不生の日輪と云い、律家には根本無作の戒体と云ふ。皆これ一心の唐ら名なりと覚悟致さるべし。
(遠羅天釜 巻の下・法華宗の老尼に贈りし書)
心が十界であると言う。十界とは地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の迷いの六道 に声聞・縁覚・菩薩・仏の悟りの四聖界である。六道は輪廻転生の世界であるともに、迷いの心でもある。白隠禅師はその十界が法華経であると言われる。法華経とは”仏寿の長遠”であった。そして、深心がその仏寿の長遠を”信解”するのである。深心はまた自湧の菩薩の住まわれる処でもあった。つまり、深心とは悟りの四聖界をいうのである。だから、深心は仏心である。仏寿の長遠を信解したのは仏心だったのである。深心信解とは仏心信解なのである。仏心信解した時、心は法華経で一杯である。これが禅師の言う、心の外に法華経なく、法華経の外に心無しという事である。
しかし、仏心信解は容易なことではない。だから、「救い」と「信」が必要なのである。救われると信じられるからこそ、学びもし、行い(業)を正していくこともできるのである。凡夫の信心が決定(けつじょう)した時、仏心信解が現成するのである。
法華経に”癒し”や”現世利益”を求める人は、自己の「心」の外に法華経を求めているのである。そういう人にとっては法華経は”精神安定剤”であり”打ちでの小槌”でしかない。その心はいつまでたっても法華経で満たされることはない。信心決定も仏心信解も決して現成しない。
また、禅師は「妙法」の二字が「心」の一字に帰すと言われている。妙法十句とは十句四十二文字の題目(妙法蓮華経)であった。今、妙法十句を白隠流に解釈すれば、十句四十二文字は「観世音 南無仏」の六字に約(つづ)まり、観世音南無仏の六字は「観世音」の三字に約まると言うことができる。こうして、「観世音」の三字が「心」の一字に帰する。観世音とは”仏の慈悲と導き(仏寿長遠)の働き”なのだから、妙法十句の信心決定とは、一心が仏の慈悲と導きで一杯に満たされる、という事である。「念念従心起 念念不離心」とはこういう事でなくてはならない。